最終回まであと3日

『進撃の巨人』最終回直前記念壁紙 其の8

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進撃の巨人 Mikasa Ackerman

諫山創先生 ロングインタビュー

最終回前に『進撃の巨人』誕生秘話と、先生の思考の変遷と歴史をおさらい! 最終回がますます楽しみになる!(『進撃の巨人 ANSWERS』P.164~173 2016年8月9日発行より再録)

“通過儀礼”を乗り越えて、
大人になり始めたエレン達

「たとえ悪い結果を招くとしても、
あの時のエレンに選択肢はなかったんです。」

ついに地下室を巡って、人類と巨人が直接対決する時が来た! シガンシナ区決戦に向かうエレンやミカサ、アルミン達は、諫山先生の目にはどのように映っているのか。彼らの成長の歩みを、諫山先生にあらためて訊いた。
とうとうシガンシナ区決戦が始まりました! エレンやミカサ、アルミンは、連載当初と比べると、色々なことを経験して大人っぽくなりましたね!
諫山先生:連載当初のエレンは、怒りを原動力にしていました。このエレンが抱えていた怒りというのは、壁の中から出られないことに対する怒りや不満なんです。母親を殺された怒りも、理不尽なもの、抑圧に対する反発から湧き上がる怒りだったんですよ。その辺りは、これから連載のほうでも描こうと思っています。
そうなんですか!? KC3巻で巨人の手先との疑いをかけられた頃のエレンは、ただ体制に反発しようという気持ちが先走っていたというか……。
諫山先生:実はあの場面でのエレンを、冷静に描きすぎたように感じているんですよ。エレンはあの時、ミカサとアルミンを巻き込みたくないと思いつつ、自分ひとりの力で事態を解決できない現実に気づき、アルミンを頼ることになるんですね。その辺りの心情を、「今ならどう描くのかな?」と思ってしまって。エレンに進行役を任せることで、アルミンが自信を抱くための〝通過儀礼〟としての意味を持たせたかったシーンだけに、よりそう思ってしまいますね。
たしかにあのキッツとのやり取りがあったからこそ、エレンだけでなくアルミンも変わることができたんでしょうね。
諫山先生:アルミンは「エレンやミカサと一緒にいたい」と強く願う一方、「自分の力では、二人にはついていけないかもしれない」という劣等感を抱いていました。「自分は無能なのか?」と疑問を抱きつつも、「そうではないはずだ」と頑固な意地のような想いで、エレンとミカサについてきていたんです。それがキッツとの一件で、二人から期待をよせられたことで、「一緒にいてもいいんだ」と自信を持てるようになった。でも、今もアルミンの心の奥底には、劣等感がくすぶっています。だからこそ他人とはちょっと違う目線の発想ができるんですよ。
その後の展開で、アルミンがエレンに追いつこうと血気にはやったりしたのは、そういう理由からですか。そんなエレンやアルミンとは違って、ミカサは終始冷静でしたよね?
諫山先生:ミカサ本人にしてみれば、何としてでもエレンを護る、ついていくという腹づもりがあっただけでしょう。ただ、アルミンなら自分達を救ってくれるはずと、期待していた面も少なからずあったと思います。ミカサの場合は、やっぱり幼い頃に両親を亡くすという〝通過儀礼〟を経験したことが大きいんです。それまで信じていた世界が崩れてしまったことで、ミカサは一旦まっさらの状態になって、少し醒めた目というか、無邪気ではいられなくなってしまった。そんな時にエレンという新たな価値観を見つけて、雛鳥が親鳥を慕うように、エレンについていくことを決めたんです。ただミカサが想像していた以上に、エレンは子供っぽくて……。エレンの熱心なサポーターだけども、「困った子だなぁ」とも感じていたりして(笑)。
エレンはヤンチャだし、頑固で、常に何かを求めてますからね(笑)。ただ、KC4巻でトロスト区の穴を塞ぐという大きな成果を挙げても、どこか満たされていないようにも見えました。
諫山先生:そういったエレンの心情は、今後の連載で補足したいと考えています。周囲から「人類の足を引っ張るな」という圧力がかかり、状況に流されてしまう中では、どうしても「自分の身はどうなるんだろう?」という不安や、「役に立てるハズなのに」との苛立ちに意識を向けてしまうのがエレンなんです。最初は根拠のない全能感を抱いていたエレンが、いざ世界を変えられる巨人の力を手にした時に、逆に「自分でいいのか?」といった疑問や責任を感じてしまう。KC8巻でのエレンにとっての〝通過儀礼〟を経て、そうした想いが「巨人の力を背負って役割を果たそう」という決意に変わっていったんですよ。
KC8巻での女型の巨人との戦いは、やっぱりエレンにとっての〝通過儀礼〟だったんですか!?
諫山先生:アニが正体を明かした時は、エレンの中にあったのは怒りではなく戸惑いでした。なぜ彼に戸惑いを覚えさせたかといえば、物語を語る上で主人公を葛藤させる必要があったからです。あのまま戦いに入ってしまうのではなく、主人公が何かを決断した時に、物語が肯定的に好転するところが描きたかった。そういったカタルシスを描くために、迷わせるというか。だからエレンは物語の都合に翻弄されていますよね。
諫山先生が以前、「エレンは物語の奴隷だ」と語っていたのは、そういった理由からですよね。エレンはKC6巻で「仲間が欲しかった」と語っていましたが、やっぱり目的を分かち合える存在が欲しかったんでしょうか?
諫山先生:どうなんでしょう(笑)。KC6巻の辺りは、少年マンガに対する反発で描いたようなところがあって。少年マンガには〝仲間〟〝絆〟〝勝利〟みたいな図式が典型的にあるのですが、その図式が、時には悪い結果をもたらすこともあり得るという想いで描いたんですよ。
諫山先生なりのアンチテーゼだったわけですか? でもKC16巻の最後では、エレンは「もう一度だけ自分を信じる」ことで、仲間を救いました。
諫山先生:あの場面では、以前と似たようなことを繰り返しているようにも見えますが、エレンに選択の自由はないんですよね。たとえ悪い結果を招いたとしても、あの時のエレンはああするしかなかったんです。
仲間のために決断するしかない、という選択肢があるように見えて、実は、ない状況ですか。しかも直前まで、エレンは、いつになく弱腰で、読み進めるのがとても辛い展開でした。
諫山先生:自分の親が実は壁の中の平和を歪めていた張本人で、自分も平和を妨げる存在だったんだとわかった時に、「生きたい」とは思えなかったんでしょうね。それまでは「自分は巨人の力を与えられた特別な存在だ」という意識が、エレンの中にあったんですよ。それが実はまったく逆で、特別な存在ではないことを突きつけられ、さらに父親を食べていたという事実を知って、完全に打ちのめされてしまったんです。強気で誤魔化すことすらできず、「自分は存在してはいけなかったんだ」と。
絶望のどん底から浮上するきっかけになったのは、やはりヒストリアですか。
諫山先生:自分という存在は、生まれてから死に至るまで、すべて親によって決められていたんじゃないか……そうした絶望の中で、自分に近い境遇のヒストリアがロッド・レイスという呪縛を振り切ったのを目にして、エレンも自分がすべきことに向き合う決心がついたんだと思います。自分が為すべきことを、ようやく理解できたんでしょうね。

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